技術者のためのコミュニケーション術 ―伝える編―
技術者の日々の努力から得られる専門的な意見や見解、提案は、ものづくり企業にとって大変貴重です。ところが、上司や他部署、クライアントなど、専門外の人物と意思疎通や情報共有を行う際、思うように要件が伝わらないという悩みを持つ人は少なくありません。
ここでは、スムーズな意思疎通の妨げとなる3つの「伝わらない理由」や、円滑なコミュニケーションに必要な対策、チェックポイントなどを紹介します。
- この記事でわかること
話がうまく伝わらない理由
相手に物事をうまく伝えるには、「伝わらない理由」を洗い出し、自分に当てはめて検討してみることが第一歩です。まずは、その代表的な理由3つを以下に挙げます。
- ・自分には当たり前でも、相手にとっては専門的
- ものづくりの仕事では時にさまざまな人との連携が求められます。たとえば、他部署と連携したり、設備費や修繕費などの必要性を上申したり、営業担当者に対してクライアントへの説明に必要な情報を伝えたりするとき、相手はあなたと同等の専門知識を持っていません。
- ・目的に対して情報量が多い
- 相手が知りたいことに対して、情報量が多すぎるというケースも少なくありません。抜け漏れがないようにと100%の情報を伝えると、多くの場面で聞き手は要点が整理できず、理解できない状況に陥ってしまいます。
- ・伝える順序が、言いたい順序になっている
- 聞き手がまず関心を持つのは、詳しい内容よりも「自分との関連性」や「自分に求められるアクション」などです。たとえば、技術者が新たに発見した不具合の要因から詳しく話し始めた場合、聞き手は話の要点や発言者の要望をうまく汲み取れない可能性があります。
うまく伝えるための対策とポイント
先に挙げた3つの伝わらない理由それぞれへの対策とチェックポイント、身近な例などを以下に挙げます。なお、これらの対策はそれぞれ独立しているとは限らず、相互に関係することも少なくありません。
対策1:相手の知識レベルを考慮して伝える
たとえば伝える相手が、自分が専門とする分野の技術書をどこまで読解できるかを想像してみることも大切です。特に打ち合わせや会議の場では、さまざまな知識レベルの人が同席することがあります。話す相手や会議のメンバーによって、専門用語や専門的な数値がどこまで伝わるかを検討することが重要です。
- チェックポイント
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相手が知らない専門用語を使っていないか
説明するうえで専門用語が必要な場合は、わかりやすい補足をつけてみましょう。
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数値の意味を伝えているか
数値は定量的な判断に欠かせない情報ですが、数値の意味が共通認識されていない場合は、伝え方にひと工夫必要です。数値の意味や正常値、過去の異常値の具体例などで判断基準を説明することで、数値がどういう状況を示すのかが伝わりやすくなります。
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身近な事例
たとえば、医師の多くは患者に対して上記を実践しています。
もし医師に「血中の(検査項目名)が(数値)なので、(病名)の疑いがあります。詳しい検査が必要です」と言われても、患者は体の状態や検査の必要性などが理解できず、不安になります。
一方、「(症状)を伴う(病名)の疑いがあります。早期発見に向けて詳しい検査が必要です。血液検査で(例:臓器の状態)を示す(検査項目名)の正常値は(数値)ですが、それを上回っているためです」という説明であれば、医学の知識がなくても体の状態や検査の必要性を概ね理解できます。
ほかにも、テレビのニュース番組のアナウンスでも同じような手法が採られています。このように、日常生活にも上手な伝え方のヒントがたくさんあります。
対策2:必要な情報のみを伝える
情報をボールに例えてみましょう。たとえば、相手が普段野球のボールを扱う人物だとすれば、技術者が何球も連続的に投げたラグビーボールをすべて受け取ることは困難でしょう。
しかし、必要な数のボールだけを優しく投げれば、相手に馴染みがなくても受け取ってもらえる可能性が格段に上がります。
まずは、主役級の情報をいくつか選んで、それぞれに付随する情報をいくつか選ぶという段階的な方法であれば、情報を絞り込みやすいでしょう。
- チェックポイント
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知っていることのすべてを伝えていないか
たとえば、機械メーカーの技術担当者とのトラブルシューティングなど特別な場合を除いて、詳細かつ多くの情報を求められるシーンはほとんどないでしょう。相手が必要とする情報のみを選んで伝えましょう。
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情報を絞り込めているか
何パーセントの情報を伝えるかは、たとえば緊急性の高いトラブルの場合は、それに関係する主な必要情報のみに絞り込んで伝えましょう。多くの場合、相手が次に欲しい情報があるときは質問してくれるでしょう。
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身近な事例
適切な情報量は目的によってさまざまですが、広告・宣伝などマーケティングの世界では極端な方法が採られることがあります。人間は一度に数個の情報しか覚えることができません。そのため、特徴の多い商材やサービスでも、まず知ってもらいたいことを1~3個まで絞り込んで伝えます。その理由は、瞬間的な情報伝達が求められること、そして消費者が商材やサービスに興味を持ったり必要だと判断したりすると、それについて調べたり尋ねたりといった反応を起こすためです。
もちろん、職場でのコミュニケーションでは、広告・宣伝に比べれば時間的にも余裕があります。そして、相手に概要や重要性が伝われば、もし必要な情報が多少不足していても尋ねてくれるでしょう。
対策3:「PREP法」で伝える順序を整理
物事を伝える順序は、多くの場合「PREP法(プレップ法)」を用いて、最適化することができます。PREP法とは、結論から先に伝える話法のことで、さまざまな業界・業種で活用されています。
PREPは下記の言葉の頭文字で構成されており、伝えるべき内容とその順序を意味しています。金型の改善を提案する場合の例とともに説明します。
- Point:結論・要点
- 例:金型の材料を見直し、不良によるロスを減らすべき。
- Reason:理由
- 例:受注量が3割増加したことで、金型の耐久性が不足したため。
- Example:事例・具体例
- 例:不具合の概要や、ショット数増加の以前/以後での不良率の変化、費用対効果、それらを裏付ける主要な数字とともに説明。
- Point:結論・要点を繰り返す
- 例:つまり、不良によるロスを減らし、受注数に応えるには、それに対応できる金型材料の検討が必要。
PREP法の活用は他者への説明やミーティングでの発言などだけでなく、業務でのメールやプレゼン時においても相手が理解しやすくなります。
- チェックポイント
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話したいことから話していないか
もし結論が話の最後に来ると、自分に関係する話かどうかがわからず、理由や事例が聞き流される可能性が高くなります。最初に話の要点や、聞き手への要求、検討して欲しいことを述べることで、その理由や事例をしっかり吟味しながら聞いてもらえるようになります。
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必要な数字を添えているか
上記の例では、対策2で説明した情報の絞り込みを実践しています。結論の理由やそれを裏付ける数値のみを抜粋したり、比較したりすることで、事象の重要度が伝わります。また、課題や解決案を伝える場合は、損益に関係する数値を提示することで、さまざまな知識レベルの人の理解を得たり、興味を喚起したりできます。もし相手が専門知識を持っておらず、専門性の高い数値を示す場合は、対策1で説明したように概略をつけながら説明することが大切です。
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PREP法を習慣化するには
PREP法をいきなり巧みに活用することは困難です。しかし、会議などでの発言はやり直しが効かないため、訓練には向きません。
メールやドキュメントの文章作成であれば、順序の整理や見直し、書き直しが可能です。そうした機会にPREP法を活用していくことで、少しずつ習慣化していくことができます。
話がわかりやすい人には、いい情報が集まる
「あの人は知識が豊富で優秀だけど、ちょっと会話が難しくて」と思われ、敬遠されてしまうとコミュニケーションの機会を損失してしまう可能性があります。
一方で、「あの人は詳しいうえに、意思疎通がしやすい」という印象を与えることができれば、いろんな人から気軽に話しかけられる機会が増えるでしょう。
たとえば、助成金や補助金の制度に詳しい人が、あなたの専門とする分野に関係しそうな制度の情報を与えてくれるなど、さまざまなチャンスが得られるかもしれません。
ただ、伝え方についてあまり難しく考えると、最初はかえって言葉に詰まって喋りにくくなってしまうかもしれません。しかし、これはあくまで人間同士のコミュニケーションですので、完璧を目指すよりも相手の立場に立つことが最も重要です。
製造現場での技術的な問題はドライかつシリアスになりがちですが、たとえば、議題としている事象に対して直接的または間接的に尽力している人たちへの素直な感謝の気持ちを添えることも、信頼関係や協力関係を強化していくうえで重要です。
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