蛍光イメージング 失敗の原因と成功のコツ
蛍光顕微鏡はさまざまな要素で成り立っており、すべてを理解するには多くの時間を費やします。しかし、観察をする際の基本的な撮影方法や必要最低限のポイントを押さえれば、蛍光顕微鏡の仕組みに詳しくなくても正確な実験データを得ることができます。ここでは、蛍光イメージングで陥りがちな失敗事例を基に、短時間で効率よく撮影するための要点についてまとめていきます。
- 蛍光イメージングとは
- 蛍光イメージングの失敗例1:ピントが合っていない
- 蛍光イメージングの失敗例2:蛍光シグナルが暗い、コントラストが低い
- 蛍光イメージングの失敗例3:褪色してしまう、細胞が弱ってしまう
蛍光イメージングとは
蛍光イメージング(Fluorescence imaging)とは、そのままでは観察のできない無色透明の細胞器官や特定のタンパク質を、蛍光標識試薬や蛍光抗体を用いて蛍光標識することで可視化する手法をいい、これにより細胞やタンパク質の形態や構造、挙動の観察・解析が可能となります。
蛍光試薬や抗体は、特定の波長の光(励起光)を照射することで発光する性質を持ち、蛍光顕微鏡やレーザー共焦点顕微鏡を用いて観察します。
生細胞をリアルタイムで観察できることから、分子レベルや細胞レベルでさまざまな実験が可能である一方、蛍光顕微鏡において、カメラやレンズの選び方、光源などによってその分析や評価に差が出るという課題も挙げられています。
蛍光イメージングの失敗例1:ピントが合っていない
ピントは顕微鏡で最も基礎的かつ重要な要素です。ピントの合っている画像を残すことで正確な実験評価ができ、像(Figure)の質によっては論文がアクセプトされるかどうかをも左右します。まずは、ピントが合ったクリアな画像を撮るためのポイントについて解説します。
ポイント1:使用しているレンズが適切かどうか確認する
顕微鏡観察を行うには、観察の目的とレンズの特性が合っているかを知る必要があります。とくに蛍光観察には開口数(NA)が重要で、開口数が大きいほど明るく、分解能の高いFigureを得ることができます。通常、開口数が大きいほど解像度も高くなり精細な画像が取得できる一方、被写界深度(Depth of Field:DOF)は浅く、被写体のピントが合って見える範囲は狭くなります。そのほか、レンズの明るさや観察距離についても考慮する必要があり、これらの特性には以下に示す図のような相関関係があります。
一般的なレンズ特性
解像度 | NA | 観察距離 | 被写界深度 | 明るさ |
---|---|---|---|---|
高い | 大 | 短い | 浅い | 明るい |
低い | 小 | 長い | 深い | 暗い |
ほかにもカバーガラス補正※1や補正環の調整※2が必要なレンズや、特殊な観察方法のために専用の光学設計が施されたレンズなど、レンズにはそれぞれ特徴※3があります。観察する手法によって、適切なレンズを使い分けることが大切です。
※1 カバーガラス補正:
カバーガラス補正レンズにはカバーガラス補正値が設定されています。通常、カバーガラスは0.17mmですが、プラスチックディッシュの場合は1.2mmを、カバーガラスなしの場合は0mmのレンズを使用します。
※2 補正環の調整:
高倍率のレンズの中には筐体部分に補正環(ダイヤルのようなもの)が付いているものがあります。カバーガラスの厚みに合わせてこれを調整することにより、解像度が何倍も変わるので、必ず補正環の状態を確認してください。
※3 レンズの特徴:
観察方法によっては、その方法に合わせた光学設計を持つ特定のレンズを必要とする場合があります。位相差・微分干渉・偏光・蛍光・油浸などさまざまです。レンズの種類を確認してください。
ポイント2:レンズは低倍率から高倍率へ調整する
ポイント3:ピントはレンズを近づけた状態から遠ざけるようにして合わせる
蛍光イメージングの失敗例2:蛍光シグナルが暗い、コントラストが低い
蛍光イメージングでは、目的となる蛍光分子や蛍光タンパク質のシグナルが鮮明に見える画像を取得することが大切です。そのためには、レンズのみならず、カメラやフィルタ、光源などさまざまなユニットとの組み合わせが重要となり、この構成に失敗すると、蛍光シグナルが暗い、コントラストが低いといった見づらい画像になってしまいます。ここでは、クリアな画像を得るために押さえておきたいポイントについて説明します。
ポイント1:観察に適したカメラを使用する
カメラにもさまざまな種類がありますが、ここでは蛍光顕微鏡で広く使用されているCCDカメラの特徴を挙げます。
蛍光観察ではS/N比(シグナルとノイズの比)が高いことが重要なため、以下の表の中ではモノクロ冷却CCDカメラが最も適しているといえます。
カラー | モノクロ | |
---|---|---|
非冷却 |
|
|
冷却 |
|
|
※1 可視光:
一般的におよそ400〜700nm程度の波長の光のことです。カラーカメラは人の目と同じように表現するために、700nm以上の長さの波長はカットしています。そのため観察はできません。
※2暗電流と冷却:
CCDカメラの内部には、光の入力がない状態でも「暗電流」と呼ばれる信号が発生しており、ノイズの原因になっています。露光時間が長ければ長いほど受光素子の温度が高くなりノイズも大きくなりますが、カメラを冷却することによってノイズは抑えられます。
ポイント2:明るさ調整機能を使用する
明るさを調整する機能は各種ありますが、一般的にカメラの設定でポイントとなる項目は、以下の3つです。これらの特徴を理解して上手に使い分けることが重要です。
- 露光時間
- シャッターを開いている時間です。その間の信号を蓄積するため、露光時間を長くすればするほど明るくなりますが、同様に暗電流によるノイズも蓄積するため、ノイズが増えます。
- ゲイン
- CCD素子に入力された電気信号を電気的に増幅させます。ただし、入力信号を増幅すると、ノイズも一緒に増幅してしまいます。ゲイン値によって、解像度が変化することはありません。
- ビニング
- 近隣の画素を仮想的に1つの画素とみなし、単位画素あたりの受信信号量を上げる機能です。見かけ上の画素数が減るため解像度が下がりますが、ノイズは増えません。
ポイント3:蛍光フィルタと試薬のマッチング
蛍光シグナルが明るく光っていてもフィルタ透過率が低ければ、せっかくのシグナルも十分に観察できません。なるべく透過性の高いフィルタを使用することが重要です。
蛍光フィルタは励起フィルタと吸収フィルタ、ダイクロイックミラーの3つによって構成されています。励起フィルタは試薬の励起スペクトル、吸収フィルタは試薬の蛍光スペクトルと重複しているかどうかを確認します。仮にフィルタに470/40と記載がある時は、470nmを中心に±20nmのバンドをカバーすることを表しています。数値のデータでわかりにくい時には、試薬とフィルタのスペクトルデータを見てマッチしているかどうかを確認します。各種試薬やフィルタのスペクトルデータは、各メーカーのWebサイトなどで確認できます。
ポイント4:レンズの選択
蛍光シグナルが弱かったり、コントラストが低い場合はNA値の大きいレンズに換えることで明るく観察できます。 NA値が大きければ大きいほど、蛍光シグナルを明るく観察することができます。レンズが高倍率であればあるほどNA値は大きくなる傾向にあるため、S/N比が思うように上がらない時は、レンズの倍率を上げることで解決する場合があります。
ポイント5:光源の選択
光源によっては観察したい波長を発していないものがあります。使用している光源を確認して、光源の特徴を知り、使い分けることが必要です。
水銀ランプやメタルハライドランプは1つの光源で短波長から長波長まで幅広い波長を含んでいるのに対して、レーザーやLED光源は1つの光源では特定の範囲の波長のみを発しているため複数の光源を組み合わせて利用します。シグナルがうまく光らない時は、試薬と光源の波長のスペクトルデータを確認します。
蛍光イメージングの失敗例3:褪色してしまう、細胞が弱ってしまう
褪色や細胞が弱る原因は、励起光によるダメージであることがほとんどです。瞬間的であっても強い励起光を照射すれば、褪色は一気に進み、細胞は光毒性により弱ってしまいます。それを防ぐためには、まずできる限り「励起光の強度を落とす」ことが重要です。しかし、強度を下げたとしても、励起光を長時間照射し続ければ、蛍光シグナルは減衰を続けて褪色し、細胞は少しずつダメージを蓄積してやがて活性を失います。そこで、強度を落とすことに加え、「励起光を照射する時間を短くする」ことも非常に重要です。
ポイント1:励起光の強度を落とす
励起光の強度を落とすと蛍光がその分暗くなるため、カメラのゲインを上げるか露光時間を長くする必要があります。しかし、ゲインを上げたり露光時間を長くすると、その分ノイズが発生し、S/N比が低くなってしまうことがあります。
褪色やダメージを抑えながらS/N比の高い画像を撮影するためには、可能な限り感度の高いカメラを使用することが重要です。
ポイント2:励起光を照射する時間を短くする
励起光を照射する時間を短くするには、単純ですが操作している時間を短くする必要があります。ピントを合わせる時間、シグナルを探す時間、露光時間を設定する時間など、基本に忠実に操作することで、すべての時間を極力短くすることが大切です。
また、励起光のシャッターの開閉タイミングをマニュアルで制御するタイプの顕微鏡の場合、シャッターを閉じるのを忘れて意図せず励起光を照射し続けてしまい、褪色してしまうということが起こり得ます。撮影を終えた後や、観察を一時中断するときなどは、こまめにシャッターを閉じることも大切です。