タイトルイメージ

ミスをしやすい状況とは?うっかりミスの原理

 人は誰しも「うっかり」したことがあるだろう。うっかり忘れが多いが、ほかにもうっかり押し間違えたなどのうっかり行動がある。前者は、定められた時刻に定められた行動をとる、と決めていたことを忘れることだが、後者は、定められた時刻に行動をとることは意識にあったものの、その行動自体を間違ってしまったものだ。
 どちらもうっかりした人にとってはマイナスだ。うっかり忘れは、自分のためだけだったらまだよいが、他人との約束をうっかり忘れたなら、相手の信用を大きく損なう。うっかり行動の方は、たとえば携帯電話に応答しようとして、うっかり強制切断を押してしまったなど、即座に修正できることが多い。しかし、中には2005年の証券誤発注事件のように、売値と個数の入力フィールドを取り違えて実行したがために400億円を超える損失を出してしまったものもある。以下、うっかり忘れとうっかり行動について考えてみよう。

 人は機械ではないのだから、忘れることがあるのは当たり前。それを補うために、自衛策があるのだが、一昔前なら手帳、今では電子アプリを使う人が多いだろう。今でも手帳派はいるが、難点はその日の予定を頭に入れておくか、ひっきりなしに手帳を見なければならない。使用者の負荷は手帳の方が大きいが、ボケ防止にはこの方がいいのかもしれない。

 一方の電子ツールには独立型とネット型がある。独立型は手帳同様、常に携行するものだが、利点は予定の自動通知だろう。ネット型は常時携行する必要もなく、どこかに入り口さえあれば、スケジュールの確認、新しいアポの設定ができる。そして決定的な利点は、自分のスケジュールを共有できることだ。ただし、リマインダーの受け口は常に携行しなければならない。
 筆者は10年以上、自作のネットツールを使っている。以前はすべての予定が、事務所仲間にばれていたが、今では個々の予定に通知する相手を設定できるようになってすこぶる便利だ。それでもうっかり忘れが起こるのは、約束をした時にこのツールに記録せず、「後で」と考えたときである。

 うっかり行動のほとんどの原因は、インターフェースの悪さからくる。身近な例では、エレベーター内の扉開閉ボタンだ。大きさがそろった方が美的だからか、どちらも同じ大きさで仲良く隣同士に並んでいることが多い。[◀︎]と[▶︎]ならまだいいが、中には、[開]と[閉]が並んでいて、目を凝らさないと押したいボタンがどちらかがわかりにくい。
 冒頭に言及した誤発注事件も、値段と個数を入力するボックスが同じ大きさだったに違いない。この時も、一応確認ダイアログが表示されたのだが、それはスルーされてしまった。アプリのインストールで、契約条件を読む人はいないのと同じだ。間違いは、後の確認ではなく、入力時に行わないよう工夫することが必要だ。この時、被害が莫大な額になったのは、証券取引所ソフトのバグで誤入力した注文を取り消せなかったという別問題である。
 粒がそろっていることにことさら価値をおく日本の傾向は、高級果物店の春のサクランボの値段を見れば一目瞭然である。入力フィールドを間違ったら、大きな問題になる画面であれば、フィールドをそろえて並べるのではなく、明らかに違えた方がよい。売買の画面であれば、値段は40ポイント、個数は普通に10ポイントになっていれば間違いは起こらないだろう。
 ハードの世界では、ずいぶん以前に、わざとそろえない術を学んでいる。製造機械の非常停止ボタンである。簡単に押せないよう、同じサイズの丸い円筒の中に、赤の停止ボタンと緑の始動ボタンが並んでいたものを、危険な状態になったら押さねばならない赤い停止ボタンは、円筒からはみ出して大きな赤いキノコ状になった。

 組織の中で失敗が起こってしまったら、その人を責めることは無用である。本人が自分の問題として一番よく知っているからである。それより「どういう仕組みを作りこめば、同じ失敗が起こり得なくなるか」をその人と一緒になって考えることである。
 大学で、当時トレンド入りしていた失敗学を教え始めて10年以上になるが、今でも教え続けている3つの大学院では、失敗学は1コマか2コマで終わらせて、創造設計の講義・実習に力を入れている。世の中の事故について学習し、その知識を身に付けて同様な事故を回避することも大切だが、その事故が起こり得ないような仕組みを編み出す方がよほど有効であり、教える方も学ぶ方も楽しいからである。

 うっかりミスは忘却であれ、操作であれ、避けたいものである。やってしまったときに今度からは「注意しよう」と決心するのは無駄だからやめた方がよい。ツールで自分の弱みを補うか、知恵を絞って仕組みを考えるかしなければ、うっかりミスはなくならない。

うっかりミスのイメージ
区切り線イメージ01
飯野 謙次 (いいの・けんじ)

スタンフォード大学工学博士。東京大学特任研究員。特定非営利活動法人失敗学会副会長。

1959年大阪生まれ。東京大学大学院工学系研究科修士課程修了後、General Electric原子力発電部門へ入社。

その後、スタンフォード大で機械工学・情報工学博士号を取得し、Ricoh Corp.へ入社。2000年、SYDROSE LPを設立、ゼネラルパートナーに就任(現職)。

区切り線イメージ02